1996年の設立以来、現代社会が必要とするイノベーティブな
ベンチャービジネスを世に送り出し、連続的に立ち上げた4つのファンドは
すべて高率のキャピタルゲインを獲得し続けている。
そして今、いよいよ、真のグローバルな展開、
海外での投資に積極的に取り組もうとしている。
interviewer:森本紀行(HCアセットマネジメント代表取締役社長)
photographs:工藤睦子
【森本】 グローバルベンチャーキャピタル(以降、GVC)がベンチャーの案件を選択する際には、何を基準にしていらっしゃるのですか。
【コーバー】 私たちが最も重視するのはイノベーションです。しっかりした理念を持ち、新しい価値観を社会に提供できる事業を展開している、あるいはできる企業に注目します。実際には、ベンチャーの選定にあたっては、技術リスク、マーケティングリスク、人材リスク、ファイナンスリスクという4つのポイントからのチェックリストがあり、リスクチェックを行うのですが、それ以上に、私たちが重視するのは、経営者や経営チームのアントレプレナーとしての資質なのです。
【森本】 経営者のチェックには、経験と勘にたよる部分もでてきますよね。
【コーバー】 それも重要ではありますが、やはり、その人物の経営能力、信頼性、理念、人生観など、人間性に関わる部分が見るべきポイントとなります。ビジネスは相手があってのものですから、経営者の人物評価が非常に大事になります。イノベーションの実現も、じつはこの経営者の資質にかかっているといっても過言ではないのです。
【森本】 そのイノベーションの評価はどのようになっているのですか。
【コーバー】 たとえば、価格が他社よりも10分の1安くなるとか、品質や商品バリューが10倍高いといったものはイノベーションとなります。2割程度の価格低下やクオリティアップでは、他業者にすぐに追いつかれてしまいますから、それでは、イノベーションにはなりません。「改善」に過ぎないということです。しかも、イノベーションがありさえすればいいというわけではなく、ここで重要になるのが、このイノベーションを利益に変える力です。つまり、マーケットを開拓して事業を成功へと導く能力です。
【森本】 手がけられるベンチャーの得意分野や業種にこだわりはありますか。
【コーバー】 とくにこだわりを持っていません。ただ、これについては、二つのフレームから考えています。一つは、「ニューテクノロジー」です。情報通信、新素材、医療化学の分野は、新しい価値観を生む新技術がどんどん開発されている分野で、国際競争を勝ち抜くためにも重要な分野として、とくに注目しています。もう一つが、私たちが「ニューバリュー」と呼ぶもので、新しい価値観や付加価値を創造するビジネスです。たとえば、美と健康、生涯教育、環境、セキュリティ、エンターテインメントなどは、日本に根づいたビジネスとして、十分に可能性があります。主には、規制緩和の中で生まれる新ビジネスですね。ですから、規制緩和される分野はとくに着目しています。
【森本】 GVCでは、ベンチャー企業の実際の経営にも関わっていくのですか。
【コーバー】 アーリーステージから関わる時には、創業者に次ぐ第2位株主ぐらいのポジションで4割くらいの大きなシェアを取って、経営に積極的に参画します。レイターステージあたりになると他のベンチャーキャピタルを紹介したりします。株式公開を控えた頃には、3番目、4番目あたりの株主というポジションを取っています。ただし、役員ではいてもずっとファイナンスの面倒を見ているわけではありません。株主シェアや投資金額でいつでも高いポジションにいなければダメということはありませんからね。
【森本】 初期段階とはいえ、株式の4割も占めるのは大きいですね。
【コーバー】 要は、ベンチャー経営者にお金の心配をさせないで、ビジネスに専念できるサポートをするということです。従来の日本のベンチャーキャピタルは資金を小出しにするだけで、しかも、経営に直接関わるリード的な動きも希薄で、ベンチャーに対する育成体制が弱かったのです。さらにはベンチャー経営者は年中、資金調達に奔走しなければならないという悪循環も生んでいました。ベンチャーには資金と経営の支援は切り離せません。あと、「心のリード」と呼んでいるのですが、経営者の悩み事や相談事へのアドバイスは常に行っています。
【森本】 日本において米国型のパートナーシップ的なベンチャーキャピタルを成功させたいという理念を持って取り組まれ、着実に実を結びつつあるわけですが、今後の展開はどのように考えられていますか。
【コーバー】 自分たちの理念に沿って続けてきまして10年目になるのですが、今回の4号ファンドでようやくベンチャーキャピタルの土俵に乗れたという感じですね。
【森本】 これからが本格的なスタートだということですね。
【コーバー】 そうです。それは、いま、ベンチャーキャピタルの展開を日本だけに限定することが難しくなってきていることとも重なります。なぜならば、私たちはイノベーションを基本にハードルを非常に高くして事業を展開してきましたが、私たちのハードルに見合った投資案件は、はっきり申しあげて数少ない状況です。ファンドは、ある程度の規模がないと管理報酬が取れず、規模を大きくしないといけないのでしょうが、ハードルを下げてまで大きくすると逆に、投資リターンが下がってしまいます。
【森本】 そこで、海外への、本来の意味でのグローバルな展開へということになるわけですね。ところで、日本のベンチャーキャピタルが海外ベンチャーに積極的にアプローチするメリットとは何でしょう。
【コーバー】 日本は、まだまだベンチャーが成功しづらい環境です。同じ能力、同じ商品力があるなら、日本よりアメリカのベンチャーのほうが早く成功する可能性があります。そこで、日本における展開を目指す海外ベンチャーのリスクやハンディを少しでも軽減させることが、私たちの重要な使命だと思っています。
【森本】 東京を拠点にしたグローバルな展開をはかろうと言うことですね。
【コーバー】 東京は、ヒト・モノ・カネ、そして「知」が集まる都市です。新しい情報も集まってきます。また、日本の大学、企業はグローバルクラスでも、すばらしいソースやノウハウの宝庫でもあります。東京にいることはひじょうにアドバンテージになるのです。さらに重要なことは、日本のマーケットが世界で2番目の規模をもっていることです。新しい商品や技術、サービスが新市場を開拓できるかどうかを、日本のマーケットで調査することが可能です。日本だけの成功であっても、それは十分な成功になるわけです。こうした日本ならではの優位性をバックにベンチャーキャピタルを海外で実施することは、大きな武器になるし、十分に可能だと思います。だから、次に組成する5号ファンドからは、全面的に、東京をベースにしたグローバル展開を目指して、ドキュメンテーションも全部英語にします。まずは、海外の投資家にプレゼンして、100億ドルの調達を目指しています。
【森本】 それはぜひとも実現してほしいですね。実際、海外ベンチャーの案件には、いま、どの程度コミットメントできているのですか。
【コーバー】 現在、ハワイで3社投資しています。そのうちの1社は日本の企業を主力の顧客にしています。また、ファーストマーケットを日本で行っているカリフォルニアの会社にも投資しています。あと、イギリス、イスラエル、オーストラリアで2、3の案件に当たっているところです。で、おもしろいことに、ハワイとかオーストラリアでは、私たちを歓迎してくれるのです。どちらも域内のマーケットが小さいので、はじめから海外に目を向けざるを得ない実情がありますが、アメリカのベンチャーキャピタルにチャレンジすることは非常にエネルギーを必要とするので、私たちの話を積極的に聞いてもらえています。
【森本】 海外の案件を増やしていくというのは賛成ですけれども、日本の案件が、大きな額の投資対象にならなくなるということはありませんか。
【コーバー】 日本の案件も真剣に投資していくつもりですが、今のところ、日本では有望なベンチャーの数が比較的少ないですからね。また、経営参画するピュアなベンチャーキャピタルもそれほど増えていないです。だから、私たちはより高いパフォーマンスを得るために、ハードルを高くしていい案件にしか投資しないというスタイルを維持していきます。本当の意味でのベンチャーキャピタルを実現させるのであれば、海外投資をしないといけない、ということになると思います。
【森本】 アメリカやオーストラリアの会社を日本のマーケットで展開することと同様に、アメリカの巨大なマーケットに日本のベンチャーを立ち上げることも考えていらっしゃるのですか。
【コーバー】 確かにそれも可能ではありますが、日本は国内の市場で完結できてしまうのですね。だから、外国にいく必要を感じていない。ただし、これからは変わってくると思います。そこは、経営者にインターナショナルな感覚があるかどうかにかかわってきます。まだ日本のベンチャー経営者にはそのような人が少ないですからね。
【森本】 英語でプレゼンをしょうとする経営者がいないですからね。ところで、GVCのスタッフはベテラン揃いですね。
【コーバー】 そうです。アメリカでもベンチャーキャピタリストにはあまり若い人はいません。やはり、経験がものをいう世界で、自分のやったことを自分の成果として取る、というビジネスですからね。仕事ができなくなればあとはやめるだけで、跡継ぎをつくることもしていないですね。成功したり、失敗したり、実際は失敗のほうが多いですが、そこから自分自身で学習して作り上げていけるノウハウですからね。やはり、グレイ・ヘアー、熟年の年代になりますよね。
【森本】 業界として世代交代することはあっても、ベンチャーキャピタリストとしての世代交代はないですよね、という意味では、ひじょうに職人的な世界でもありますよね。
【コーバー】 そうですね。私たちにとってはベンチャーキャピタリストとしての「人材を育てる」というところまで頭が回らないですよね。パートナーシップのチームをどう構築して展開させるか、投資家に果たす責任をどうするかなど、ベンチャー案件を成功させることで精一杯ですからね。まあ、成功すれば、その分の見返りはありますから、新しいビジネスを立ち上げる醍醐味をおもしろく感じるのは間違いないです。なにより、ベンチャーの起業家たちはみんな一生懸命ですばらしい人たちですからね。
インタビューを終えて
真に社会が必要とする産業を育成するという、ミッションそのものがひじょうにドメスティックなものであるベンチャーキャピタル。1996年の設立時、みずからの屋号にグローバルの名を冠したのは、そこに、卓越性、先見性、そして何よりも進取の気概を込めたものであろう。しかし、輝かしいトラックレコードを残してきたこの10年の間、産業そのものが劇的な変質を遂げ、グローバル化が大きく進行し、ベンチャーキャピタル自体のグローバル化も時代の必然となっている。「ヒト・モノ・カネ、そして"知"が集まる」という東京のローカリティに立脚してグローバル展開を図ろうとするグローバルベンチャーキャピタルのスタンスに、ベンチャーキャピタルの本質的変革を見る思いがするのである。(森本紀行)